情弱ホイホイと化した株主優待制度

多くの日本投資家がありがたがる、株主優待なるものがあります。

世界的にみても稀有な制度で、日本のガラパゴス文化の象徴と言えます。

「株主優待目的だから、最悪株が下がってもいいや。」

これ、あらゆる場所で聞かれる株初心者の自己弁護なのですが、二重に間違ってます。今日はこの自己弁護のどこが間違っているのか、明らかにしていきましょう。

まず第一に、この発話者は、株における配当(または優待)の仕組みがよくわかっていません。

株の配当や優待というのは、企業の利益の中から支払われるわけです。ということは、払った分だけ企業の資産が減るわけですから、株自体の価値も損なわれます。

通常、株には持っていると配当や優待を受け取る権利が確定する、権利落ち日というものが設定されています。もしも株価がこの日に何も上下しないとすれば、この日の直前に株を購入し、権利確定後に売ってしまえばほとんどノーリスクで配当や優待をゲットできるわけですが、当然そんなことは起こらないわけです。通常、権利落ち日には株価が下落するようになっています。

つまり、配当や優待というのは基本的に投資家にとってニュートラルなものであって、キャピタルゲイン(株価の差益による損益)とインカムゲイン(配当などの保有による損益)というのは切り離して考えられるものではないのです。

第二に、仮に上記の誤りについて目を瞑ったとして、もし配当や優待がタダ取りできるものだとすれば、優待よりも配当で受け取れる現金のほうが使途が自由な分だけ価値が高いので高配当株を狙うのが正しいことになります。

これはよく経済学でも議論されるネタですが、誕生日プレゼントというのは無駄ではないか?という話があります。経済学者は誕生日プレゼントが嫌いなのです。笑

誕生日プレゼントというのは大抵の場合、現金ではなく何かの商品を渡しますが、現金をあげれば本人がその額の範囲内でもっとも欲しいものを手に入れられるのだから、現金をあげたほうがいいのでは?という議論です。

この議論で、現金のほうがいい派の人は少数派でしょう。現金というのは、数値として表現されるので、他の人のプレゼントとも一元的に比較されてしまいますし、何と言っても「相手が自分のために何を選んでくれたのか」という気持ちが込められている気がしません。

でも、相手にプレゼントをしたいけど何をプレゼントしたらいいかわからない人もいますよね。そこで、現金と商品の間の存在としてギフト券が誕生したわけです。ところがこのギフト券も、現金と比べると使える場所が限られている分だけ価値が下がります。

金券サイトなどにいけば、1000円のギフト券が、市場的に何%の価値が認められているのかがすぐにわかります。仮に95%の値段で取引されているとすれば、ギフト券を買った瞬間にあなたの資産はその5%分だけ失われているのです。

さて、先ほどの話は誕生日プレゼントの話でしたが、資産運用の場面ではどうでしょうか。資産運用というのは定義上、資産を増やすための行為を指しているわけですから、プレゼントされるなら現金がいいに決まっています。

配当より株主優待が好きな人は、何をすき好んで価値の割り引かれたギフト券や商品を得ようとしているのでしょうか?投資という舞台においてまで、何か汚い感じがする現金よりもギフト券や商品がいいというのは、投資家としてセンチメンタルすぎると言わざるを得ません。

先ほどの金券ショップの議論は、少し抽象論に傾いてると感じられた読者の方もいるかもしれませんが、これは実際に起きている話です。個人投資家がよく利用していると思われる日本株の投資信託などでも、株主優待のうち換金が可能なものは金券ショップなどで割り引かれた額の現金に替えてから資産として組み込むなどの工夫がされています。

もちろん実際には、株主優待を用意するための事務手続きから発送、カタログなどを作るまでに企業は一層のコストを支払っているわけです。

──このバカバカしい仕組みは、誰が何のために作ったのでしょうか。

よく世の中で、マスコミが悪い、政治が悪いみたいな話がありますが、僕がいつもそういうことを考えたときの結論は、バカな国民が悪い、に落ち着きます。

株主優待株を買いあさって自転車で走り回るおじさんが有名になり、実際に株主優待をつければ自社の株に人気が出るのならば、企業を責めることはできません。顧客の民度に合わせて合理的に立ち回ったマーケティング活動ということができます。

この記事を読んでいただいた方には、米国だけでなく、日本のマーケットがより合理的で魅力あるものと世界の投資家から評価されるように、株主優待などに右往左往させられている投資家にたいして啓蒙していただければ幸いです。

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